先週末の土曜日は、6年間お世話になった保育園の卒園式でした。
6年間、短かったようで長かった…。
少しだけ、6年間の思い出というか私の子どもに対する心の変化を綴ろうと思います。
子どもを可愛いと思えなかった日々
遡って子どもが0歳~3歳になる頃まで。
私は世間の母親とずれていました。
「わが子が可愛い」ではなかったんです。
よく幼子を持つ働くお母さんの声で、
「泣いているわが子に後ろ髪ひかれながら、出勤した」
と聞きますが、一度も思ったことはありません。
働きに出ることにより子どもと離れることが嬉しくて嬉しくて、
逆にお迎えの時は一気に気持ちが暗くなりました。
子どもが肺炎にかかり「入院かも」と言われた時には、
自分で看病しなくていいと思うと嬉しくなりました。
(結局入院不要になりましたが。)
主人は朝の6時には家を出るので、朝から子どもの癇癪との戦い。
毎朝色々なハプニングがあり、時間ぎりぎりに出勤し、帰宅後もワンオペでした。
主人に親権を押し付けて、離婚を考えたことも一度だけではありません。
しなかったのは、「家族への愛情が留まらせた」のではなく、
本当にこの頃の私は心身ともにオーバーフローの状態で、
結局考えるのが面倒になって心を無にしていたというか
心を殺した状態で過ごしていたのです。
心の変化
そんな私の心に変化があったのは、子どもが3歳になったとき。
良く喋り、自分の感情を言葉に出すようになった頃でした。
子どもとの会話やふれあいの中で、一生懸命さが伝わってきたとき、
「この子も毎日一生懸命頑張っているのだな」と急に認めてあげられるようになったのです。本当に急に。ある日突然。
そして子どもの一挙一動が可愛く思えるようになり、そこから少しずつですが、私の子どもに対する向き合い方に変化がありました。
いつも土曜保育で、最後の一人寂しそうに私を待つ子どもを見て、
「せめて土日は家でゆっくりさせてあげたい」と思い転職もしました。
幼児期は本当に成長著しく、色んな頑張りを見せてくれて感動の連続でした。
子どもの可能性の素晴らしさを感じて、心からいとおしいと思えるようになりました。
人の気持ちってこんなに変わるものなのだなと。
変えてくれた子どもの力ってすごいなと思います。
それでも、まだまだ母親として発展途上
それでも私はまだまだ器の小さい人間です。
感受性がとても強いわが子。
私も感受性が強く、親を悩ませてきました。
感受性が強すぎるがゆえの、生きづらさもずっと持っていました。
子どもの頃、両親にされて嫌だったこと、嬉しかったこと、細部まで覚えています。
私の心の記憶は幼稚園に入る前からしっかりと残っています。
私と同じだから理解してあげて、自分が嬉しかったことをしてあげたい、
と思う反面、私と同じだから面倒だ、という気持ちも正直あります。
子どもと2人で遊ぶのも苦手。
「忍耐強く子どもと向き合うこと」は引続き私の大きなテーマです。
とにかく6年間が終わった~!
※月末まで通常保育だけれど(笑)
ひとまず、6年間の自分にお疲れ様!
お世話になった保育園に、先生方に、頑張ってくれたわが子に心から感謝しています。
主人も、あまり家にはいなかったけれど、家にいる日は必ず子どもと過ごしてくれて、お弁当作りは主人担当でした。
まあ、もっとホワイトな企業で働いていれば私の心もここまで荒むことはなかったのだろうけれど(笑)
でも主人のせいではなく、主に私の器の狭さの問題だったのだなと今では思っています。
主人もお疲れさまでした。ありがとう。
来月からは小学校生活がスタート。
また6年間。ドキドキです。
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